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 齊木魯烏(チム・ルウ)さんの日記「【挙案斉眉】(きょあんせいび)」
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◆62才 1955(昭和30)年7月24日(獅子座) A型 広島在住 アジア(海外)勤務 広島市近辺出身 専門職 文系大学卒 年収 800万円以上 不定期休み 一人暮らし 独身 ◆離婚×1 ◆子供3人 車有り お酒を飲める ◆/細身体型 / 黒髪 黒目 グレー肌 ギャンブルしない
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【挙案斉眉】(きょあんせいび)
【挙案斉眉】(きょあんせいび)
『寿』退社の 貴女 に  
【餞(はなむけ)】の言葉を、贈ります。
  迷惑でしょうが、読んで・みて、下さい。


前漢・第四代皇帝「平帝」の時代といいますから、西暦で言うと AD8年 
今から丁度2001年前、王莽(おうもう)の簒奪(さんだつ)によって「前漢」が滅亡しようとしていた頃の【物語】です。

 平稜(へいりょう)県は、当時(前漢)の首都だった・長安・のすぐ隣り。
その地の【孟】氏という家に、ひとりの「娘」が・いました。
色が黒く、太っていて、お世辞にも美人とは言えない娘でしたが、気だてがよく、細やかな気配りや優しさに溢れていて、なにより「働きもの」でした。石臼を持ち上げる程の怪力の持主のくせに、家族以外の男性とは口も聞けない、そんな・娘、でした。
 見た目や、口数に関係なく、「働き手」として「嫁」に欲しいという話が引く手数多(ひくてあまた)と持ち込まれましたが、ただ首を横に振るばかり、いつしか・・・・・
とうとう、三十歳に、なってしまいました。
当時の中国では十二歳で嫁いでもおかしくなかった時代ですから、現代でいえば四十五歳くらいでしょうか。
心配し、業を煮やした両親が聞きます。
「一体、誰なら、嫁に行っても・いい・と思っているんだ?」
孟氏の娘は、赤くなって(と、いっても色黒なので、よく分からないのですが)恥ずかしそうに、消え入るように・言いました。

「・・・・・梁伯鸞(りょうはくらん)なら、、、、。」と。


梁伯鸞の「伯鸞(はくらん)」は、諱(いみな)で、本名ではありません。当時の人々は「名前」には霊力が宿っていると信じていたので、現代で言う「あだ名」のような通り名で呼び合っていました。「伯鸞(はくらん)」の本名は【鴻(こう)】でした。
【梁鴻(りょうこう)】は、貧乏でしたが、当時、洛陽にできた『太学(たいがく)』
 ・・・今の大學です。・・・・  で、並ぶもの無き優秀な学生で、「知らぬことなき博覧(はくらん)」と言われたひとで、それで「伯鸞(はくらん)」と呼ばれていたのです。
ただ高節(倫理観が高く正義感が強いの)で、本来、皇帝の家臣であるべき王莽が帝位を簒奪(卑劣な手段で奪うコト)したことに憤って、一切の官職に付かなかったヒトです。現代で言えば北京大を主席で卒業して、就職していない男です。当時、卑しいとさせていた「豚を飼育する」仕事に故郷の平稜県で従事していました。
そんな男に、「嫁」に行きたいと言ったのです。
実は、梁伯鸞(りょうはくらん)も、引く手数多・でした。優秀な成績で「太学」を修身(卒業)しているのですから、本人さえ望めが、どんな官位にも就ける・のです。
親類縁者や地縁友人、ありとあらゆる所から「縁談」が申し込まれましたが、頑なに首を縦に振らなかったのです。

『孟』家の両親は、深く嘆息しました。
時の大臣や、この地の豪農、絶世の美人からの『縁談』でさえ、見向きもしなかった、あの梁伯鸞(りょうはくらん)が、色の黒い、お世辞にも美人とは言えない我が娘を、
「嫁」にしてくれるコトなど、、、、。
両親は、ただただ、ため息をつき続けました。

 ところが、、、、

孟家の娘が、こともあろうに、あの「伯鸞(はくらん)」に『嫁ぎたい』と  言っているという噂が、伯鸞自身の「耳」に達します。
博覧な伯鸞は、莞爾(かんじ・「にっこり微笑む」こと)として、あの色が黒くて、太った、お世辞にも美人とは言えない「孟」家の娘を、『娶(めと)る  』と、言うのです。

さあ、平稜県中「あっ」と驚き、両親は卒倒しそなうなほど大悦び、親族は上を下へ大騒ぎ、さぞや当の本人は・・・というと、木綿の服に麻の靴(当時でも、花嫁衣装は「絹」。靴でも「絹」に刺繍が、常識でした。)に、針箱、紡績の道具を作ってもらい「嫁入り道具」に忍ばせます。当時の常識では、針仕事は、一家の主婦のするコトではなく「下女(はしため)」の仕事でした。まして当時の中国で「機織り」など。「機織女(はたりめ)」が「きりぎりす」の別称だったくらいですから。

 こうして「孟」家の娘は、豚を飼育する・梁伯鸞(りょうはくらん)の元に「嫁ぎ」ます。ただし、・・・・両親に哀願されて、「絹」を纏い、白粉(おしろい)を塗りたくり、
眉墨で上弦の月のような細い眉を描き、頬にも唇にも紅(べに)を・さして・・・・・。

梁伯鸞(りょうはくらん)は、迎え入れてくれましたが、七日七晩、「ひとこと」も口をききませんでした。
八日目の朝、【妻】である筈の「孟」家の娘は、とうとう、目に涙をいっぱいためて、聞きます。

「もとより、、、、わたくしに資格など、ないのかもしれません、それでも・あなたは、選んでくださった。わたくしのどこが、いけないのでしょうか・・・・」と。

そう、問われた梁伯鸞  は、ようやく口を開きます。
「わたしは、裘褐(きゅうかつ・「動物の皮で作った粗末な着物」)を着て、深山に隠れて(都会を離れた山奥で)共に暮らす者を求めていました。ところが、貴女は、贅沢な綺縞(きこう・「絹織物」)を纏い、化粧をし紅をさしています。そんなアナタを、
わたしが気に入るとでも・思のですか!?」・・・・・と。
 すると、娘は、さわかやに破顔し、引き下って、花嫁道具に忍ばせていた「木綿」の粗末な衣を纏い、「麻」の靴を履き、結(ゆ)んでいた髪を引っ詰めにし、顔を洗って、すっかり元の「黒い」素顔のままで、両手に「針箱」と「紡績道具」を持ち、梁伯鸞の牀下(しょうか・「あしもと」)に、跪(ひざまづ)きました。
 その姿を見た梁伯鸞 こと 梁鴻 (りょうこう)は、大喜びで・妻を抱(いだ)くように、言います。

  「ああ、それでこそ、わたし の「妻」だ !」・・・・と。


   こうして二人は【夫婦】と、なりました。
悦んだ梁鴻は【我が妻】に「名」を付けました。【徳曜(とくよう)】・・・・と。
孟家の「娘」は、その夜、梁鴻の「妻」 【孟 徳曜】となったのです。
無論「孟」家の娘にも、【名】が・ありました。でもその『本名』は、【主人】と【両親】以外、誰も・知る必要のない、【名】だった・・・・のです。現代とは、違って。



二人は平稜県を離れ、覇陵(はりょう)山に居を移し、耕職(こうしょく)をおこなって暮らします。田畑を耕し、機を織って、詩を詠み、琴を弾じ、書に耽って、仲睦まじく暮らしました。孟 徳曜は、「シアワセ」でした。自分の外見ではなく「本質」を認め、慈しんでくれる「ヒト」と、いつも一緒にいれる・のですから。

 ところが、異民族の羌(きょう)族が、国境を越えて、次第に覇陵(はりょう)山近くまで跳梁するようになってきました。仕方なく二人は、山を下りて南下し始めます。
ふたり」一緒なら、「住まい」など、何処でも良いのですから。

たまたま京師(けいし・「洛陽」の都)を通過する時、その宮殿の偉容さを「悲しんで」 夫の梁鴻 が「歌」を作ります。漢詩です。『五噫(ごい)の歌』といい、その文章が今でも残っているくらいですから、どれほど優れた歌だったか知れようというモノです。
内容は『宮殿が高くなればなる程、民衆の辛苦が深くなる・・・』という意味の歌です。
『噫』は、現代語訳すれば『ああ、、』という嘆きの感嘆詞です。
それが、口伝(くちつ)てに人々に広がり、あろうことか、時の皇帝の【章帝】(後漢の高祖、【光武帝】の孫)の耳に達してしまいます。狭量な章帝は、激怒し、歌の作者 を捕縛するように厳命するのです。

 こうして、ふたりの「逃亡」生活が・始まります。
二人は縛を逃れて、東の【魯】や【斉】の国を流浪し、とうとう南方の【呉】の国に達します。梁鴻 は、名も「明かせ」ませんから、姓を『運期(うんき)』、名を『燿(よう)』、あざなを『侯光(こうこう)』と偽称します。
決して安逸な旅ではありませんでしたが、「辛い」とは思いませんでした。
夫の【梁鴻】には、天地に恥じる事や、心にやましい点は、皆無なのですから。
そばにいる【孟 徳曜】は、夫を「誇り」にこそ思う事はあっても、「罪人」などとは微塵も思っていません。自分を大切に思ってくれるヒトを、「尊敬」できる【悦び】を、
【徳曜】は、日々新たに「噛み締めて」いました。

そんな、ある日のことでした。

二人は、とある大きな屋敷の「軒下」で、生活を始めます。中国の貴族や豪農の屋敷は、宮殿のようで「軒下」といっても、十分寝起き出来る広さがあります。ただ、邸内と違って「壁」に囲まれていないので、外から「丸見え」ですが、二人にはそんな事は、少しも苦にはなりませんでした。
夫の【梁鴻】は、屋敷の下僕の下働きに雇われ、米を搗(つ)く「傭人(ようじん)」となっていました。夕方になると【徳曜】は、貧しい、でも精魂こめた夕餉を作り、夫の【梁鴻】の帰りを待ちました。夫が「軒下」の【我が家】に帰宅すると、夫の足を甲斐甲斐しく洗い、夕餉を眉の高さに斉(そろ)えて、恭(うやうや)しく運びました。
夫は、そんな妻を労(いたわ)り、どんな満艦全飾の御馳走よりも「美味しそう」に食べてくれるのでした。
 ふたりの間には、お互いに対する【敬(うやま)い】の気持ちが、溢れて・いました。

   軒下のそんな二人の様子を目の当たりにした、或る恰幅のいい大人(たいじん・「徳の高い立派なひと」)が、傍らの家宰(一家の運営を任せれている筆頭侍従)に感嘆の声を発します。

 「あの、傭人を観よ。妻をしてあれほどの禮を行わしめるとは! 凡人である筈がない。」

【禮】とは、周朝以来、もっとも尊ばれた「人」の道で、【心】の【豊かさ】を【示す】行為でした。この時【徳曜】が【梁鴻】に対して行った禮法が、【挙案斉眉】(きょあんせいび)でした。膳を目どうりに捧げて進む「作法」です。宮中で君主に対する様に、彼女は「軒下」で夫に「かしずいて」いた・のです。
 この大人こそ、この屋敷の主(あるじ)、【皐伯通(こうとうはく)】でした。
皐伯通(こうとうはく)は、直ぐに【梁鴻】の前に頓首再拝(地面に頭を付けて拝礼する中国の礼法。二度行う)し、非礼を詫び、客人としてて母屋に招き入れます。

こうして二人は、呉の皐伯通の元で何不自由なく暮らします。

でも【徳曜】は、贅沢な綺縞(きこう・「絹織物」)を纏うことも、化粧をし紅をさすこともなく、いつも粗末な木綿の衣に麻の靴を履き、髪は結うことなく引っ詰めて、
【荊(いばら)】の【かんざし】を刺していました。
夫の【梁鴻】は、愛する妻の事を、だから人前では【荊妻(けいさい)】と呼びました。
なんの装飾もない、決して美人ではないが、誰より自分を愛し、敬(うやま)って、
甲斐甲斐しく慕ってくれる『我が妻』の謙譲語として。
 だから二千年たった今でも、『辞書』には「荊妻」が、【自分の妻の呼び名】として載っているのです。夫の梁鴻だけが呼ぶ事を許された【孟徳曜】の『本名』と共に。


 どんなに【貧しく】ても、お互いがお互いを【慈しみ】【敬う】こころさえ、失わなければ、たとえ・そこが「軒下」であろうと、人はいつか必ず【しあわせ】になれるという【物語】です。【尊敬しあえる】夫婦とは、本当の【豊かさ】が、外見ではなく「誰にも」見えない部分に「隠されて」いる事を【信じあえる】男女のコト・なの、です。


 さて、辞書を引いてみて、下さい。
こう・書いてある「筈」です。

『  【荊妻】
    後漢、梁鴻の妻、孟光がいばらのかんざしをさした故事から。
    自分の妻の謙称。                                          』


そう、【孟徳曜】の『本名』は孟光(もうこう)、だったのです!。



 


『寿』退社の モウコウ○○様 へ  
【餞(はなむけ)】の言葉として。



                                        平成21年6月4日
                                                   齊木魯烏 頓首謹言

2009/6/5   0:39   中国にて

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