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 齊木魯烏(チム・ルウ)さんの日記「『老将軍の子息の嫁』」
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◆62才 1955(昭和30)年7月24日(獅子座) A型 広島在住 アジア(海外)勤務 広島市近辺出身 専門職 文系大学卒 年収 800万円以上 不定期休み 一人暮らし 独身 ◆離婚×1 ◆子供3人 車有り お酒を飲める ◆/細身体型 / 黒髪 黒目 グレー肌 ギャンブルしない
◆趣味・興味: 映画/ビデオ, 酒/ワイン, 博物館, 美術館, 猫系
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『老将軍の子息の嫁』
 おかしなメールを受け取った。
北海道護国の友人からで、御本殿の奥に御神体とは別に、
「三次妻霊位乃御魂」と桐の小箱に金泥で浄書された一躰があり、
御神体を奉安した巨大な唐櫃のそとに在ったので、・・・・開けてみた、というのだ。

 旭川市花咲町一番地御鎮座の北海道護国神社は、戊辰戦争から大東亜戦争末までの
皇国の為に散華した63,141柱の英霊を祀る神社で、主祭神は日露戦争当時、第七師団長だった大迫尚敏中将(のち陸軍大将。子爵)である。
 普通、御霊爾は「○○乃命」と現世の芳名を清書した小さな木札で、男子なら【大人(うひと)乃命(みこと)】女子なら【刀自(とじ)乃命】と記す。一躰だけ桐箱に入れ、しかも、【霊位乃御魂(れいいのみたま)】と浄書しているのには、なにか訳がある筈だ。
 だが、神職には御神体を見ては成らぬ・という不文律があり、開けたりするのは言語道断、バチあたりである。
・・・・・、そしてどうやら、そのバチが、あたったらしいのだ。

 4㎝四方高さ8㎝に満たないその桐箱は、小さく振るとカタカタと固い音がして、何か液体を満たした瓶のようなモノが入っているらしい。
 おそるおそる開けてみると、『征露丸』とかろうじて判読出来る古びたラベルの茶色の小瓶に、何やら液体づけの白い細いものが見える。
よせばいいのに手に取って間近にかざして、彼は驚きのあまり悲鳴を上げた。
 爪が、見えたのだ。
なんと、ホルマリンらしき液体に浮かぶ、か細い白蝋のような・小指が、目に飛び込んできた!彼は、危うく小瓶を取り落としそうになった。どうやら、女の小指らしい。
 なんだって、こんなものが、・・・・・、という思いと、一体「三次」なる人物は何者なんだろう、という疑問がみるみる心に拡がっていった。
 そこで、私にメールした。というのだ。
日露戦争に詳しい大學時代の友人として、「三次某」なる人物に心当たりはないか?と。
 判るわけが、ない。なにせ北海道護国だけで、63,141柱なのだ。
護国神社の御祭神は、主に男子だが、戦禍の中、国の為に散華した多数の婦女子も含まれている。満州で最期まで電報を打ち続け、ロシア兵に辱めを受ける前に自決した電報電話局の女子工員も含まれている筈だ。

 「バチあたりに、荷担などするかっ!!」と返信して、その夜は寝た。
だが、深夜ガバッと目覚めた。思い出したのだ。学生時代に読んだ、岩波文庫の短編の
ひとつを。

 それは確か、『愛の遍歴』と題された明治・大正・昭和初期に岩波文庫から上梓された短編の内、男女の愛について記した十数編の短編を一冊に纏めた文庫本で、今では殆ど廃版になっていて、初めて目にする作品ばかりだった。
 その中の一編に確か、『老将軍の嫁』だったか、『老将の子息の嫁』だったか、(今、手元にその本が無いので確かめようがない。)という題の作品があった。
 時代は、日露戦争直後。
 場所は、帝国陸軍病院の一室。
 あらすじは、こうだ。


【 勇猛果敢で名を馳せた老将軍が、病室のベットに横たわっている。
別に重病というのではない。ただ、激烈だった二〇三高地攻略奪還のため、兵の殆どを失った主力部隊の師団長だった0将軍(たしか、名は伏せてあった。Nだったか0だったか、兎に角アルファベットだった。)は、心労と激務の為、持病の脚気を併発し、静養のため入院している。耳順を過ぎ、顔を覆うヒゲも、すっかり白くなっている。・・・・・
 或夜、その将軍をひとりの女が、見舞う。
年の頃は二五、六歳。臈長けた艶のある風情で、髪を高々と唐人髷に結って、浅黄と朱鷺色の麻の葉の絞りをかけ、燻んだ深い銀色の泥大島に、濁って白暗い地に目の醒めるような紅い牡丹を刺繍した明(ミン)綴りの帯をワザと高く絞めた、一目で粋筋と分かる女だ。
(この時、当時の25、6歳は、今と違って随分オトナだな。と強く感じた記憶がある。正確な描写は忘れてしまったが、臈長けた艶っぽさを文脈からひしひしと感じた。)
 
 女は老将軍の前で少しも悪ぶれた様子もなく、自分は将軍の御子息の許婚者だと名乗る。自分は新橋の芸者だが、御子息が広島の宇品に向かう最後の一夜、来世を契った仲だと言う。そして女は、将軍の子息のモノだという爪を美濃紙から取り出して見せる。
 端座して話を聞いていた0将軍は女に、それでどうして欲しいのか、と訊く。
女は、自分の髪をこの爪と一緒に0家の墓に埋葬してほしいと言うのだ。
0将軍の息子は、第三次二〇三高地突撃の際散華していて、もはやこの世の人では、ない。だから、せめてあの世で添い遂げたい、と女は言いすがるのだ。

 0将軍は、迷った。
この爪が、確かに息子のものだという、証拠が・ない。
将軍は、じっと女を見つめた。
 女は、老将軍の息子の名を呼んで、言った。

「○○○さんは、確かに妾(アタシ)を嫁にする、と言って下さいました。
その為なら、妾(アタシ)、何だって・出来るんです。」
 女は、燃えるような目で将軍を見据えた。
そして・・・・、袂から、黒光りする西洋花鋏を取り出すや否や自分の左手の小指をバサリと落としてみせた。
「ひっ、ひっ、ひっ、、 」という引きつった泣き声とも笑い声ともつかぬ奇声を発しながら女が薬指を花鋏で切り落とそうとした刹那、将軍は床から跳ね上がって女に飛びかかってそれを制した。薩摩隼人だった彼の幼少から示現流で鍛えた足腰の賜だった。
女は将軍にあがないながら、何度も子息の名を呼んだ。将軍は大喝し、外で供付する武官を呼び、医師に命じ早急に女の手当をさせた。女はその間、ひとことも発しなかった。
痛みの為に・うめくことすらなく、彼女は凛然と・していた。

・・・・・・ このあと、将軍はこの女と息子を祀る招魂社に参拝する。
桜にはまだ早く、白梅が、悲しいほど美しく咲き誇って・いた。
一人息子を喪ったった老将軍と、最愛の人を失った芸者は、まるで親子のように、
その白梅の下を、労りあうかのように、ゆっくりと、歩いて・ゆく ・・・・・・・。   】  
 たしか、そこでその短編は、終わって・いた。


 この短編を読んだ当時、すぐに乃木希典の事を想起した。
乃木大将は、勝典・保典という御子息を二〇三高地で失っているし、顔中を覆う白いヒゲという描写で、直感的に判断したのだ。多分この作品は、乃木希典をモデルに、勝典か、保典のどちらかと結婚を誓いあった女の一途さを描こうとしたフィクションだろうと、
思ったのだ。
 だが、北海道護国の友人のあの「小指」の話を聞いて、調べて・みた。
そして、驚いた。
 それは、主祭神の【大迫尚敏】の写真を見た瞬間だった。
彼の顔も、白いヒゲで、覆われて・いたからだ。

 大迫尚敏は、薩摩藩士、大迫新蔵の長子として1844年生まれる。
造士館で学び、薩摩藩五番組として薩英戦争に従軍して以来、数多の戦役に従事。
二代第七師団師団長となったのは、五十九歳の時で、老齢のため第三軍司令官に成れなかった佐久間佐駄大将と同年。老将の師団長だといえる。そして・・・・、彼にも息子が・いた。

 【大迫三次】・陸士(陸軍士官学校)14期卒。二年後の1904年(明治三十七年)
第三次攻撃隊の一員として二○三高地で散華している。この時、父の大迫中将は六十歳・だった。因みに乃木大将の長男・勝典は、陸士13期卒。次男の保典は15期卒である。そしてこの三人が三人とも、月日こそ違え、1904年に散華している。
三次24歳。勝典25歳。保典23歳。
友人も私も「三次」を姓だと判断し【みよし】だと思っていた。だが、名・だったのだ。
「三次」とかいて、おそらく【みつぐ】か【みつぎ】と、読ませたのだろう。
あの桐の小箱に浄書してあったのは「みよし・つま・れいい・の・みたま」ではなく、
「みつぐ・つま・れいい・の・みたま」だったのである。

 ・・・・もしも、新橋のあの芸者が、実在したのだとしたら、彼女は「大迫三次」のひとつか、ふたつ・姉さん女房だったことになる。そのことに、何故か不思議と頷ける気がするのは、ひとり私だけだろうか?
 

 私は、明治という時代の凄さのようなものに、胸を・打たれた。
今の時代に、大学を出るか出ないかの年端で、国の為に死んでゆける若者が、一体何人・存在するだろう?
そして、この・まだ男とも呼べないほど、いとけなく純真な若者の為に、何の躊躇もなく自分の小指を切り落とし、凛として残りの人生の操を捧げ尽くす矜持を示すことの出来る二十代の女性が、いったい何人・この日本に存在する、のだろう。

 おそらく、【三次妻霊位乃御魂】と桐の小箱に浄書したのは、大迫尚敏将軍本人だろう。我が息子なればこそ、「みつぐ」と呼び捨てに出来た。
そして、老将は彼女を自分の一人息子の嫁と、認めたに・違いない。
自分の息子をこんなにも愛してくれた・唯一人の、かけがえのない女性・・・・として。


 気になる・ことが、ひとつ・ある。
「桜にはまだ早く、白梅が、悲しいほど美しく咲き誇って・いた。」
何故、彼女の【名】が、記されて・いないのか・・・・・
普通なら、「三次妻○○乃御霊」で良いはずである。なぜ大迫将軍は、彼女の「名」を書かなかったのか。
 あの白梅の下を歩くシーンが、どうしても、死出の道行きのような、まるで近松の心中モノの結末のような・・・・。
 大迫尚敏大将は、書かなかったのではなく、書けなかったのではないか?

 大将は、彼女の新橋での店を探し出した筈だ。息子の嫁として身請けする為に。
そして養女として入籍しようとしただろう。新たな嫁ぎ先を世話したかも、しれない。
そうした、痕跡が一切見られないのだ。

 あとは、私の勝手な・憶測で、ある。
新橋の芸者だった「大迫三次」の許婚者の、あの芸者は老将軍と共に招魂社に参拝してすぐに、或いは、将軍に探し出される前に、・・・自裁したのでは・ないか。
 だから、将軍は、書きたくても、書けなかった・のでは、ないか?
老将軍の手元には、彼女が切り落とした「小指」しか残らなかった・のだとしたら・・・。 将軍に【名】さえ明かさず・彼女は、【みつぐ】のもとに旅立った・・・のだ、としたら・・・・・・・。
 だからこそ、【三次妻乃霊位乃御魂】なる奇妙な一躰が、大迫尚敏大将・大迫三次中尉の御霊と共に北海道護国神社の本殿奥深く、密かに奉安されているのでは、ないか?
 
 家の名誉を何よりも重んじた・明治のあの時代、果たして、、名さえ分からぬ、新橋の芸者と共に同じ墓に「眠る」ことを、確たる家柄の老将軍の「妻」は、認めただろうか。
・・・果たして親族は、容認しえただろうか。・・・・。

 
 せんなき・ことだ。
・・・・今となっては、63,142柱の・「悲しいまでに美しい」北の護国の英霊と共に、皇国の弥栄を・祈り奉る、
のみ・・・・・である。


                                    □□□



 
追記

誠に遺憾ながら、私に北海道護国神社に友人は・いない。
従って、御本殿の奥深くに「小指」の瓶も存在していない。
実際の北海道護国神社の神職の方々に迷惑が及ぶことを危惧して白状する。
この物語は、全くの創作である。

大迫敏典大将も、大迫三次中尉も実在の人物で、北海道護国神社に奉斎されている。

尚、作中の【岩波文庫の『愛の遍歴』】は実際には【文春文庫の『愛の迷宮』】である。
その中に収められた昭和十四年発表・堤千代女史作『小指』が下地になっている。
堤千代は、この『小指』で二十二歳の時、女流として初めての直木賞を受賞。
将来を嘱望されながら、三十八歳で夭折。女史の『小指』の時代設定は、
日華事変当時で、日露戦争直後ではない。小指を切り落としてみせる以外、
本作との類似点は稀有である。
  

                          

              齊木魯烏 謹書

2014/4/13   20:14   海外にて

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