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 齊木魯烏(チム・ルウ)さんの日記「「祝福されし者」・・・【2】【石は石に、石は石で在りたがって・・いる】」
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◆62才 1955(昭和30)年7月24日(獅子座) A型 広島在住 アジア(海外)勤務 広島市近辺出身 専門職 文系大学卒 年収 800万円以上 不定期休み 一人暮らし 独身 ◆離婚×1 ◆子供3人 車有り お酒を飲める ◆/細身体型 / 黒髪 黒目 グレー肌 ギャンブルしない
◆趣味・興味: 映画/ビデオ, 酒/ワイン, 博物館, 美術館, 猫系
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「祝福されし者」・・・【2】【石は石に、石は石で在りたがって・・いる】
「祝福されし者」・・・【2】【石は石に、石は石で在りたがって・・いる】
 1955年4月18日、プリンストンの病院の一室。一人の男が逝去した。
彼の身内と・親しい友人だけが立ち会い、遺体は解剖の後、荼毘に付され、彼の希望にそって・灰は空中にばらまかれた。
その男、アルベルト・アインシュタインの死が報じられた時、マックス・フォン・ラウエ(1879~1960/理論物理学者)は哀悼の筆を取り、こう記した。
「偉大で崇高な一人の思索する人間の人生が・終っただけではない。物理学の画期的な一時代も、また・終りを告げたのだ」・・・と。

 驚くべきことに、そのアインシュタインは幾つもの慢性的な病魔に犯されていた。
体は蝕まれても彼の強情な【精神力】は・数多の病気を乗り越え、次々と・人類にとって画期的な不変不朽の業績を打ち立てていったのだ。
失言症、ノイローゼ、偏平足、貧血、栄養失調、アレルギー、心臓病、便秘症、度々の黄疸と腹痛、消化器系疾患の合併症、胆襄炎、胃潰炎、肝臓病。
 76年間の生涯の、なんと39年間・・彼は、こうした『慢性的な病い』との戦いに明け暮れていたのだ。

アインシュタインの病気の理由について、ベルリン時代の主治医ヤーノス・プレッシュはこう語った。
「彼の精神と肉体の秩序のなさが主因だ」と。「彼は起こされるまで眠っていたし、ベッドに行くことを告げられるまで起きていた。彼は食物を与えられるまでハングリーのままであったし、ストップをかけられるまで食べ続けていた。」
 人類にとって普遍的な【宇宙の秩序ある法則】を見いだした彼は、日常生活ではルールを持たなかった。医者から煙草を禁じられていても、隠れて吸い、最後まで、彼は【彼で】在り続けたのだ。
アインシュタインの最後を看取った看護婦アルバータ・ロスゼル夫人は、ドイツ語を解せず、その【遺言】は永遠の「闇」に閉ざされた・・ままだった。

1991年 NHKの取材班が『特集番組アインシュタイン・ロマン』収録のために彼女にインタヴィユーした時、彼女は「アインシュタインは、なにか【自分の名】をウワ言で言っていた・・」と答えた。スタッフは【アインシュタイン】という『ドイツ語』の構文の幾つかをテープで聞いて貰い、一番近しい『言葉』を突き止めるコトに成功する。


それは・こうだ。
『一個の石は、一個の石で在りたがって・いる。・・・一個の石が、一個の石 なのは、
・・・石が、石で、、、在りたがって・いる、から・なのだ。。。』

ドイツ語で『石』は【シュタイン】・・・『一個』(ひとつ)は【アイン】で・ある。

彼女が聞いたのはつまりこうだ。

『アインシュタインはアインシュタインで在りたがって・いる。アインシュタインが、アインシュタインなのは、・・・シュタインが、シュタインで、、、在りたがって・いる、から・・・』
自分で自分のコトを【アインシュタイン】と呼ぶだろうか・・?まして死の床で、、、
もし「自ら」を語るなら、こうだろう。
ワタシは、ワタシで在りたがって・いる。・・・ワタシが、ワタシなのは,
シュタイン(石)が、シュタイン(石)で、、、在りたがって・いるから、・・・』

つまりこの時の『アイン・シュタイン』は、【アインシュタイン】(彼をそう呼ぶ他者)=【一個の石】(普遍的物質)=【ワタシ】(自己を認識する自らの意識)のコトなのだ。
彼が「一個の石」を通じて語りたがったコトは、自分自身のコト・・物質の法則・・それを伝えたい他者・・・の三者に対するメッセジー。

「石」を「石」たらしめて居るのが、「ワタシ」を「ワタシ」たらしめて居る【普遍的な実体の意識属性】だとしたら・・・・等速運動下の座標系では【自然法則は「同一」の形式】を保つのではなく、「保とう」と【意識させられて】いるのだと、、、したら。・・・全ての物質はエネルギーに変換出来るのだ。彼自身が発見した法則、質量とエネルギーの等価性【E=mc二乗】の定数に従って・・質量はエネルギーとなって拡散波及する。しないのは「石」が「石」で【在りたがって】いる・からなのだと、・したら。・・・・・
  彼が彼であったのは、本当は「彼」が「彼」で在ろうとしたからに他ならず、彼が彼で「在る」ことを止めた時・・・・「彼」も「石」も、質量に応じた【エネルギー】となって霧散するのだ、、、いや「霧散」は物理学的表現ではない。「放出」「拡散」「波及」するだろう・・・・だが、【エネルギー不変の法則】に従って、「可視光線」で捉えられなくなるだけで、決して【消滅】などしない、・・・のだ。「彼」が「彼」で在ろうとする限り、「石」が「石」で在ろうとする限り、「彼」であり「石」であった【何か】は・・・・。つまり、こうは考えられないだろうか・・・・我々は、もともとは・エネルギーという名の【普遍的な実体の意識属性】の一部だったのだが、今は・質量という形態に換えられて(変換されて)一時的に閉じこめられている・だけなのだ・・・・・と。

アインシュタインの最後の言葉を思い出したのは、スピノザが友人に宛てた書簡を読んだ時だった。

彼は神を非擬人化して(いや元々神は、人間本質の投影などではなく、人間のように・本来見るコトも聞くコトも意志するコトのない、唯一絶対の全体なる無限の属性からなる必然で)、その神の僅かな投影の一部を人間が自分の【自我】なのだと思い込んでいるだけなのだとして、それを説明するために【石】を引き合いに出して、こう語る文章だ。

『一個の石が、自己を突き動かす外部の原因から一定の運動量を受け取り、外部の原因の衝動が止んでから後も、この運動を続ける(慣性の法則)とします。』
 『さて、この石が運動を継続しながら「思考」すると想像してみて下さい。そして出来るだけ運動を継続しようと努めていることを自ら「意識」するものとして下さい。この石は自己の努力のみを意識し、こう考えるでしょう。「自分は完全に自由だ。自己が運動に固執しているのは【ただ自分がそうしようと思うから】に他ならないからだ・・・と。
これは、同時に我々のことなのです。全ての人間は自分達が【自由】であることに誇りを持ちますが、我々は自分の欲求は意識しますが、その欲求を起こさせ決定づけた諸原因を知らないのです。石が自分を放擲した外部からの運動量を知らないように。』
   スピノザは、我々の身体を構成する物質が、宇宙物質の一部である事を知っていた。我々も同じだ。ただ彼が違うのは、我々の『思考』も同じと考えた点に・ある。
我々に在るのに、我々がその一部でしかない【自然】に「意識」や【思考】が無い!と考えるのは不自然ではないか・・・・
「もし、我々の思考と事物が一致する真理というものが可能なら、我々はそういう一致だけで構成された絶対的な真理空間としての自然の一部分として存在している筈なのだ。」

スピノザはこうした絶対的真理空間を【神=自然】と・呼んだ。
そしてその空間では、自然を構成する全ては「思考」しているとした。彼は言う。
『無限知性の中で、個体の観念となっている個別的な知覚は、個々の能力によるものではなく、十全・不十全の差こそあれ、本来は我々の属性ではない。我々の中で知覚しているのは神であり・自然なのだ!』

お解りだろうか・・・?もし我々に「我々を我々たらしめている」自我が・あるなら、
同じように「石を石たらしめている」【意識】が存在するのだ。何故ならそれは、【普遍的】で、【唯一絶対】な、無数の【属性】を有する【神=自然】の表象の「ひとつ」に、過ぎないのだから・・・・・。
   自然の一部でしかない人間にしか【自我】や【意識】が存在しないと考えるのは、
 むしろ不自然なことなのだ。
 
全てのエネルギーが質量に変換拘束されているように、本当は、、、我々の知覚自体が、自然の(つまり【神】の)普遍的広汎的な思念の、不十全な表象の一部に・ 過ぎない、のだ。

 1955年4月18日 1時15分、、、【一個の石】は、アルベルト・アインシュタインは、スピノザの言う【自然】に、、、出逢ったのかも、・・・・・しれない、のだ。


                       「祝福されし者」・・・【2】
          【石は石に、石は石で在りたがって・・いる】・完

2005/6/21   23:37   アジア(海外)にて

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